【対談】鉄棒ぬらぬら 北斎が春画に使った名前

鉄棒ぬらぬらとタコ

鉄棒ぬらぬら 北斎が春画に使った名前

角子 この前の陰号の話、もう少し聞きたいんですけど。

万太郎 春画用の別名か。

角子 北斎の名前が気になって。

万太郎 紫色雁高な。

角子 いや、もう一つあるって聞きました。

万太郎 ……ああ、あれか。

角子 言いにくいんですか。

万太郎 言いにくい。鉄棒ぬらぬら、だ。

角子 えっ。

万太郎 鉄の棒に、ぬらぬら。

角子 ふざけてますよね。

万太郎 ふざけてる。完全にふざけてる。

角子 あの北斎がですか。

万太郎 あの北斎だ。富嶽三十六景の人だぞ。

角子 教科書に載ってる人が、そんな名前を使ってたんですか。

万太郎 使ってた。しかも複数持ってる。紫色雁高ってのもある。

角子 なんで名前を変えるんですか。

万太郎 春画は禁制品だったからな。享保の頃に禁令が出てる。

角子 じゃあ隠すためですか。

万太郎 建前はそうだ。だが、この名前で隠せると思うか。

角子 思いません。むしろ目立ちます。

万太郎 だろう。だから半分は遊びなんだよ。

角子 他の絵師もそうなんですか。

万太郎 そうだ。渓斎英泉は淫乱斎英泉。歌川広重は色重。国芳は一妙開程芳。

角子 みんな楽しんでますね。

万太郎 楽しんでる。禁止されてるのに、洒落た名前を考えて出してる。

角子 バレたらどうなるんですか。

万太郎 罰はあっただろうな。だが止まらなかった。

角子 なんでですか。

万太郎 売れるからだ。あと、たぶん描きたかったんだろう。

角子 北斎の春画って、どんな作品があるんですか。

万太郎 『喜能会之故真通』とか『萬福和合神』が知られてる。

角子 有名なんですか。

万太郎 有名だ。海外の美術館にも収蔵されてる。

角子 外国で評価されてるんですね。

万太郎 されてる。というより、日本より先に評価された面がある。

角子 日本では隠されてたと。

万太郎 明治以降はな。西洋の倫理観が入ってきて、恥ずかしいものになった。

角子 順番が逆ですね。西洋から来た価値観で隠して、西洋で評価されてる。

万太郎 ……お前、たまに嫌なことを言うな。

角子 事実じゃないですか。

万太郎 事実だ。ねじれてる。

角子 でも、鉄棒ぬらぬらって名前は残ったんですね。

万太郎 残った。三百年近く経っても伝わってる。

角子 本人は思ってなかったでしょうね。

万太郎 思ってないだろう。その場のふざけだからな。

角子 でも、そこがいいですね。

万太郎 いいか。

角子 偉い人が真面目な顔で変な名前を使ってるの、面白いです。

万太郎 真面目な顔かどうかは知らんぞ。

角子 笑いながら書いてたかもしれませんね。

万太郎 そっちのほうがありそうだ。

角子 万太郎さんも別名を持ったらどうですか。

万太郎 持ってどうする。

角子 春画を描くときに。

万太郎 描かん。絵が下手だ。

角子 じゃあ意味ないですね。

万太郎 意味はない。

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