深夜のコンビニで同級生に会った話 デラべっぴんという雑誌
角子 今日は何ですか。
万太郎 デラべっぴんの話をしたい。
角子 なんですかそれ。
万太郎 雑誌だ。1985年創刊。あの頃を代表する一冊だな。
角子 エロ本ですか。
万太郎 まあ、そうだ。ただ、ただのエロ本じゃない。
角子 どう違うんですか。
万太郎 企画が凝ってたんだよ。グラビアだけじゃなくて、読み物もある。
角子 読み物。
万太郎 小説みたいなページとかな。写真と文章を組み合わせた企画が売りだった。
角子 雑誌としてちゃんと作られてたんですね。
万太郎 作られてた。キャッチコピーも洒落ててな。もっと女を愉しみたいマガジン、だ。
角子 言い方が古いですね。
万太郎 古いだろう。だが当時はかっこよかったんだ。
角子 売れてたんですか。
万太郎 売れてた。最盛期で50万部とか言われてる。
角子 50万。
万太郎 もっとも、資料によって数字が違う。30万という記述もあるから、そこは鵜呑みにするな。
角子 珍しく慎重ですね。
万太郎 最近学んだ。
角子 それで、その雑誌がどうしたんですか。
万太郎 ……いや、思い出したことがあってな。
角子 嫌な予感がします。
万太郎 大学の頃だ。深夜にコンビニへ行った。
角子 買いに行ったんですね。
万太郎 そうだ。深夜なら人が少ないだろう。そういう計算だった。
角子 計算。
万太郎 完璧な計算だ。誰にも会わない時間帯を選んだ。
角子 それで。
万太郎 雑誌を手に取って、レジに持っていった。
角子 はい。
万太郎 店員が同級生だった。
角子 最悪じゃないですか。
万太郎 最悪だ。しかも女子だ。
角子 同じ大学の人ですか。
万太郎 いや、高校の同級生だ。地元に帰省してた時期でな。
角子 余計まずいですね。
万太郎 まずい。何年ぶりかの再会がそれだ。
角子 どうしたんですか。
万太郎 何もできん。もう手に持ってるんだ。
角子 置いて帰れないんですか。
万太郎 置いて帰ったら、それはそれで不自然だろう。
角子 じゃあ買ったんですね。
万太郎 買った。無言で。
角子 向こうは何か言いました。
万太郎 何も言わない。淡々とレジを打って、袋に入れて渡してくれた。
角子 優しいですね。
万太郎 優しいんだよ。あれはプロの対応だ。
角子 気づいてなかった可能性は。
万太郎 ……ある。それが一番救われる説だ。
角子 でも顔は見えてますよね。
万太郎 見えてる。目も合った。
角子 じゃあ気づいてますね。
万太郎 やめろ。
角子 その後どうなったんですか。
万太郎 どうもならん。それきりだ。二度と会ってない。
角子 えっ、それで終わりですか。
万太郎 終わりだ。学校が別だからな。顔を合わせる機会がない。
角子 じゃあ、最後の記憶がそれってことですか。
万太郎 そうなるな。
角子 それ、けっこう重くないですか。
万太郎 重い。高校時代の思い出が全部それに上書きされた。
角子 かわいそうですね。
万太郎 同情するな。
角子 でも、ずっと覚えてるじゃないですか。
万太郎 覚えてる。三十年以上経っても覚えてる。
角子 雑誌のほうが記憶の目印になってるんですね。
万太郎 そうだな。中身より、あの夜のことを思い出す。
角子 なんか、いい話みたいになってますけど。
万太郎 いい話じゃない。ただの黒歴史だ。
角子 でも今は何も要らないですよね。買いに行かなくていいので。
万太郎 要らない。誰にも会わないし、誰にも見られない。
角子 便利ですね。
万太郎 便利だ。ただ、そのぶん何も残らない。
角子 残らないんですか。
万太郎 あの日のことみたいには残らんだろう。何も起きないんだから。
角子 ……まあ、たしかにそうかもしれません。
万太郎 だろう。
角子 でも私は、コンビニで同級生に会いたくないです。
万太郎 誰も会いたくないんだよ。
